
作家・柚木麻子さん(44歳)が2026年4月22日、代表作『BUTTER』の版権を新潮社から河出書房新社へ移動することを自身のインスタグラムで発表しました。
世界累計100万部を超えるベストセラーの版権移動という異例の決断の背景には、出版界全体を揺るがす差別コラム問題への「意思表示」がありました。
柚木さんはインスタグラムに文書を添付し、こう綴っています。
「この度、拙著『BUTTER』の版権を、新潮社様から河出書房新社様へ移す決断をいたしました。ここに至るまで、双方の会社と協議を重ね、円満な合意の上での移動となっております。新潮社様には長年にわたりお世話になり、作家として育てていただいたことに感謝しております。今回の判断の背景には、昨年、作家仲間である深沢潮さんに著しい苦痛を与える記事が、彼女のデビュー元である新潮社発行の雑誌に掲載されたことがあります。その後の状況や、彼女にかかった負担、そして孤立について見聞きし、出版というシステムの在り方を深く考え直す契機の一つとなりました。作家として、自分にできる具体的なアクションは何か。検討を重ねた結果、新潮社様における複数の版権のうち、一作を他社へ移動するという選択に至りました。これは現時点での、私なりの最大限の意思表示です」
続けて「BUTTERのオーサーズツアーで各国の出版関係者と対話するなかでも、差別や排除に対しどう立ち向かうべきか、自身の立場を厳しく問われる機会がありました。
本件は、国内外の同業者や関係者に相談し、助言を受けながら決断したものです」と心境を綴りました。
そもそも『BUTTER』ってどんな作品?
『BUTTER』は2017年に新潮社から刊行された柚木麻子さんの社会派長編サスペンスです。
あらすじ
婚活連続殺人事件の容疑者として拘留中の梶井真奈子(通称カジマナ)。
若くも美しくもない彼女がなぜ男たちを虜にできたのか——
週刊誌記者の町田里佳は独占インタビューを狙って面会に臨む。
カジマナは里佳に条件を課す。
それは「バターをたっぷり使った料理を作って体験を報告すること」だった。
その日以来、欲望に忠実なカジマナの言動に触れるたびに、里佳の内面も外見も変わっていく。
モデルとなったのは実在の事件(木嶋佳苗事件)で、女性の生きづらさ・ルッキズム・食欲と欲望を絡めた構成が読者の共感を呼びました。
国内外での実績
英国・米国のみならず、Billboard JAPANの「Heisei Books」チャートで3週連続1位も達成。
日本の女性作家が英語圏でここまで本格的に支持された例は非常に珍しく、現在も37ヵ国でさらなる翻訳が進んでいます。
版権移動の直接的な背景——週刊新潮コラム問題とは
今回の決断を理解するうえで欠かせないのが、2025年夏に起きた『週刊新潮』の差別コラム問題です。
ジャーナリスト・高山正之氏によるコラム「変見自在」の中で、在日コリアンの作家・深沢潮さんら外国にルーツを持つ著名人を名指しし「日本も嫌い、日本人も嫌いは勝手だが、ならばせめて日本名を使うな」といった趣旨の記述が掲載されました。
差別的かつ人権侵害にあたるとして抗議の声が相次ぎ、新潮社は連載を中止しましたが、差別・人権侵害にあたるという明確な認識を示さなかったとして深沢さん側は交渉を打ち切り、新潮社との全出版契約を解消する結果となりました。
深沢さんのコメントはこうです。
「新潮社として差別や人権侵害への認識に向き合わないことに、絶望しました」
この経緯を近くで見聞きしていた柚木さんが「作家仲間への苦痛」「孤立」に対して黙っていられなかったのが、今回の版権移動の核心です。
「円満移行」の意味と出版界への問いかけ
注目すべきは、柚木さんが今回の移動を「双方の会社と協議を重ねた円満な合意」と明言している点です。
新潮社への感謝を丁寧に述べながら、それでも「現時点での私なりの最大限の意思表示」として一作の版権を動かす——
これは怒りに任せた行動ではなく、熟慮の末の静かな抗議です。
しかも新潮社に複数の版権を持つなかで「一作」を選んで動かしたという判断は、
出版界の関係性を壊すことなく、明確な意志を示すための絶妙なバランスだと評されています。
柚木さんはオーサーズツアーで訪れた各国の出版関係者からも「差別や排除にどう立ち向かうか」と問われてきたと語っており、今回の決断は国内外の同業者・関係者と相談しながら下したものだとしています。
世界で100万部を超えた作品の版権を動かすことで、その影響は単なる一出版社との関係を超えた、業界全体へのメッセージとなりました。
柚木麻子とは——プロフィールと主な作品
フェミニズム・女性の生きづらさ・人間関係の歪みを鋭く描く作風で知られ、国内外で高い評価を受けています。
2024年に英国でBUTTERが大ヒットしてからは国際的な認知も急上昇しており、日本文学の新たな顔として注目を集めています。
今後——河出書房新社版BUTTERはいつ?
今回の発表時点では、河出書房新社版の刊行時期・装丁などの詳細は未発表です。
ただ、版権の移動が正式に完了すれば、新装版や新たな帯文・解説付きでの刊行が期待されます。
既存の新潮社版をすでに持っている読者にとっても、新装版のリリースは見逃せないタイミングになりそうです。
まとめ
作家が自分の代表作の版権を動かすという行為は、日本の出版界では極めて異例です。
柚木麻子さんはその決断を「自分にできる具体的なアクション」と表現しました。
差別を黙認することへの静かな抵抗——
世界100万部のベストセラー作家が示したその行動は、出版というシステムのあり方を問い直す大きな一石となっています。



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